山代温泉

戦国武将である明智光秀が傷を癒しに湯治に訪れたという山代は、遠い昔から全国に名を馳せる温泉地でした。
そんな名湯には、与謝野鉄幹や与謝野晶子、泉鏡花、吉井勇など文人墨客も好んで訪れています。
中でも北大路魯山人と山代の関わりにはたいへん深いものがありました。
魯山人は、書家、美食家、陶芸家、料理人など多くの肩書きを持つ昭和の文化人。
その才能開花の一助を果たしたのが実は山代温泉街の旦那衆でもありました。
魯山人は旅館の離れに住まいながら、看板を彫り、舌を肥やし、九谷焼の名工・須田靑華から陶芸の手ほどきを受けたのです。
現在離れは「魯山人寓居跡いろは草庵」として公開されており、苔むした中庭を望む板の間でしばし静寂に浸れば、
山代の滋味がきっと実感できるでしょう。このように文化的土壌が豊かなのは九谷焼のふるさとでもあるから。
山代は豪商・豊田伝右衛門が古九谷と並ぶ名品を生み出した吉田屋(豊田家の屋号)窯が残る地。
「九谷焼窯跡展示館」では巨大窯跡の見学、絵付けやろくろ体験もできます。
また温泉街には、総湯周辺の「湯の曲輪(がわ)」や紅殻格子の風情溢れる「はづちを楽堂」、
五十音図の創始者・明覚上人にちなむ「あいうえおの小径」が設けられた薬王院温泉寺など見どころもたくさん。
ぶらりとそぞろ歩きが楽しめます。