VOL.1 『大聖寺の町並みと白山』 Y.I
通りから見える白山
私は生まれも育ちも東京の下町です。石川県出身のダンナ様と東京で知り合い、結婚しました。そのとき「10年くらいしてから石川に住む」と約束しました。
しかし、今年で結婚10周年なのですが、私の加賀市民歴も10年です。結婚して1年経たないうちに石川県への転勤が決まったのでした。 「どうせいつか帰るなら早くても別にいいじゃん」これがダンナ様の言葉でした。 はっきり言って鬼に見えました。 ダンナ様は自分の生まれた場所に帰るんだからいいのでしょうけど、私にしてみたら家族・友人、知人すらいない土地で暮らすことになるのです。心の中は不満と不安と怒りでいっぱいでした。 4月になり加賀市での暮らしがスタートしました。
案の定、ホームシックになってしまいました。愚痴ろうにも周りには知っている人がいません。 相手はどうしてもダンナ様になります。仕事で疲れて帰ってきた彼を捕まえて、「私はこれだけつらいの」ということを延々と訴え続けました。 初めは親身になって聞いていた彼も1カ月、2カ月が過ぎるころから話もきいてくれなくなりました。 こうなったらノイローゼのふりをするしかない。
本気でそう決心しました。 ノイローゼを治すためには東京に戻らなきゃだめだ、そう思ってもらおうとしたのです。 いつ実行しようか、どんな風に真似をしようか、そんなことを考えていた時、ふと目の前の風景に目がいきました。もう数カ月間住んでいたのに、毎日通っていた道なのに、じっくり見たことはなかったのです。毎日いつここを出て行こうか、そればかり考えていたので、当時の私には風景を楽しむ余裕なんてなかったみたいです。古い町並みの前に白山が見える、ただそれだけの風景でした。
このままこの風景を毎日見られるのならここに住むのも悪くないなと思いました。 本気でノイローゼのふりをしようとしていたのと比べて大きな進歩です。
あれから10年。 あの日この風景を見なかったら、今頃加賀にはいなかったと思います。 あとから聞いた話ですが、深田久弥さんも大聖寺の生家で町並み越しに白山を眺めていらっしゃったようです。同じ風景を見ていたなんて、なんだか嬉しくなりました。 転勤族のダンナ様のおかげで毎年「転勤話」が出ている我が家ですが、少しでも長く加賀市にいたいと家族全員で願っています。
(2004.3)