VOL.4 『加佐ノ岬』 T.S
加佐ノ岬
橋立の信号をどんどん登って行くと、加佐ノ岬に辿り着く。ここは、加賀海岸でもっとも日本海に突き出した岬だ。
目の前には、180度以上に海が広がる。冬は、とても荒々しくて何でも呑みこむような勢いなのに、この時季になると、包み込むかのように穏やかで深い色をしている。
「つらい時、泣きたい時、無性に海が見たくなる。」
そういう人は、かなり多いと思う。私もそんな中の一人である。何かあると、必ず海に行き、大声を上げて泣き叫ぶ。ひとしきり泣くと、日常の淀んだ膿が浄化されたように洗い流され、不思議とスッキリするのだ。海の色、波の音、風の匂い、何度足を運んでも同じ場所のような気がしない。それでいて、いつも懐かしい。海は、私にとって心を癒してくれる場所なのだ。
能登から加賀に嫁いで18年、私の人生にとって、とても意味のある時間だ。加賀に住み始めて驚いた事は、女性がとてもパワフルだということだ。女性がズバッと意見を言っても否定されないし、非難もされない。自分を表現する場があるのだ。能登は、どちらかというと女性が前に出る事をよしとしない土地柄だ。意見を言おうものなら「でしゃばり」だと陰口を叩かれる。そして、結婚した女性はたいてい仕事を辞め、家事と育児に専念する。もちろん、外での付き合いは減り、遊びに出掛けたり、飲みに行く機会は、ほとんど無くなる。
ところが、加賀の女性は違うのだ!!結婚しても仕事は辞めない。家事も育児もこなしながら、遊びにも出掛ける。そして、そのパワーたるや半端ではない。女の逞しさが感じられるのだ。
そんな風に驚きながらも、故郷の能登より、加賀は私の性に合っているのだろう。今では、加賀の女性の一員となり、「水を得た魚」のように泳ぎ回っている。ちょっと、捻じ曲がった加賀弁を使いながら、身も心もどっぷり加賀に浸かっているのだ。
最近、気がついたのだが、18年も加賀に住み着いているのに、何故か心に焼きついた風景がほとんど無い。目にしていても日常の雑多の中に消えていったのかもしれない。
ところが、今の仕事を始めて2年半、「観光」というフィルターを通して周りを見た時、何故か目に映る風景の、色や表情が変わった。そう、今までは意識して見ていなかっただけなのだ。意識しだすと不思議なもので、いろんな風景や白山の表情が気に掛かる。車を運転していても、周りの風景が切り取られた構図のようになって見える。
澄み切った日の白山の凛々しさ、雨に濡れた新緑の瑞々しさ、黄金色に輝く稲穂、荒れ狂う日本海の雄々しさ、鉛色の空に貫かれた稲妻・・季節の移ろいを色や音、匂いで感じることが出来るのだ。私は、日々の忙しさの中で忘れかけていた感覚を、やっと取り戻したような気がした。
観光の仕事を始めて日は浅いが、これから、どんどん知識を身につけ、私が肌で感じる加賀を伝えていきたい。
追伸:私が能登を離れてから、随分と時間が過ぎている。
昔ながらの風習は変わっているかもしれないので、あしからず。
(2004.5)