VOL.44 『小さなまち大聖寺』 M.K
大聖寺の風景

大聖寺に生まれ育って56年経ちました。4年間は京都で学生生活をしておりました。そんな学生時代、下宿屋のおじさんから「大聖寺という寺は何宗?大きいお寺?」と聞かれた覚えがあります。「そんなお寺はありませんよ。」と答えると「おもしろい地名だね。昔はお寺があったんと違う?」と返ってきました。確かに大聖寺ということから、お寺があってその名前が地名になったのだろうと当時調べてみたことがありました。
長寛元年(1163)に書かれた「白山之記」の中で、白山五院のひとつに「大聖寺」というお寺の名前が書かれています。このお寺が錦城山という小高い山に建っていたらしいということですが、いつからいつまで存在したかは明らかではありません。平安時代の
頃で武家社会となり、錦城山も砦や城として使われるようになり、お寺も自然と無くなったのではないでしょうか。
その大聖寺という町には大聖寺川(新旧)、熊坂川、三谷川、百々川(どどがわ)の4河川が流れこんでいます。昭和30年代まではあばれ川と言うくらい氾濫し、大聖寺の町は洪水に見まわれたものでした。
この4つの川には30あまりの橋が架かっています。熊坂橋、城南橋、越前橋、松島橋、新橋、一文橋、弁天橋、錦城大橋、一本橋・・・町を歩いて全部の橋を渡ったことがありますか。一度渡ってみてはどうでしょうか。橋の上から川や岸辺を見ることも楽しいものです。わたしのお薦めスポットは次のように思います。
春、越前橋から満開の桜が川面に映る姿はとても良い。
夏、錦城大橋から見る沈む夕日はとても良い。
秋、新橋から見える山の文化館のイチョウの色づきはとても良い。
冬、松島橋からうっすらと雪を乗せた長流亭はとっても良い。
四季折々、それぞれの橋から見るまわりの風景は、人それぞれ感じ方が違うでしょう。あなたならどの橋からみたどんな風景に魅かれるでしょうか。
風景は目に映るものばかりではありません。鼻や舌、耳、手触り等、五感に感じるものも一つの風景ではないでしょうか。例えば町を歩いていると、魚屋さんの店先から鯵や鯖を焼くにおいがします。ああ夏だなぁと感じませんか。喧しく聞こえていたアブラゼミやツクツクボウシの鳴声が、山ノ下寺院群の裏山から聞こえるヒグラシの鳴声に変わると夏も終わり、もう秋かなと感じます。町家の庭先の金木犀が花をつけ、爽やかなにおいを放ちます。秋を感じませんか。
小さな町「大聖寺」ですが、車の中からは体験できない小さな風景が多くあります。自転車や徒歩で小さな町「大聖寺」を思う存分体験してほしいものです。何かを発見できると思います。
(2007.9)