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VOL.45 『おおらかで心やさしい忘れえぬ人々の町 山代温泉』 H.Y

山代温泉薬王院

10月に入ると秋本番、山代は最も美しい季節を迎えます。

 金木犀の香り、山ぼうしの真っ赤な紅葉、まだ紅葉には早い山もみじの黄色い葉、山の景色は能衣装のような気品さえ感じさせます。

 暖かな日差しのなかでこころ静かにすると遠く過ぎ去った時間がもどってきます。

思い出の風景。今日は、こどもの頃の遊び場だった万松園にいくことにします。

この時期の子供の人気は服部神社の椎の実です。別に食べるわけではないのですが、大事に缶にいれて持ち帰り、数を競うのです。神社の椎木は樹齢何百年、何年も何年もこうして幾世代ものこども達に秋の恵みを与えてきたのでしょう。そう思うとこの巨樹、老木に何事も包み込む度量の大きさに裏付けされたやさしささえ感じます。椎の実拾いに夢中になると更に山を登ります。

 そこは、お薬師の四国八十八箇所の入り口です。細い小さな山道の傍らには次々とお地蔵が現れてきます。地蔵には、地蔵だけではこころもとないのか石の囲いをつけ四国霊場の寺の名前が彫られています。ここより、四国巡礼の世界に入っていくのですが、今日はあいにくの一人旅。四国巡礼は同行二人といいますから、お大師様と話しながら山頂を目指すことにします。

 一番札所は霊山寺で釈迦如来。どの地蔵もそうですがお地蔵の台には寄進者の住所と名前が彫られています。ふとみると地元だけではなく遠い九州のものもあります。また宗派の違う寺からのものもあります。何故かと不思議に思いますが理由はわかりません。寄進者と山代とのかかわりは何だったのかと想像すると興味深いものがあります。山道を一歩登るたびに新しい番号と寺の名前が変わっていきます。ひとつの地蔵をみるたびに建立された時代はどんなものだったのか。人々の生活はどういうもので地蔵に何を祈り、何を感謝して生きたのか。そんなことを考えていると、いよいよわが身の生き方にも及びます。

 山頂は46番、浄瑠璃寺です。ここまでくると、暗い山道から、一転してまばゆいばかりの日本海の海が見えてくるようになります。海の向こうは常世の国。回りは赤松林、山代はかつて松茸の産地でもあったのです。

 ここからは、山道をくだりながら88番札所まで行くことになりますが、子供のころから、現在まで、いろいろなことを思いながら、時間は一歩一歩もどっていきます。その途中、こんな事を思い出しました。

 色は、匂えど散りぬるをわが身誰ぞ常ならん・・・・・浅き夢見し酔ひもせじ。

自分ももはやこんなことがわかる年になったことを実感します。

 今日歩いた小道は明覚上人によりあいうえおの小道と呼ばれます。いずれも文字を覚える初歩であり、生き方を学ぶ初歩であるようにも思えます。

 むかし、山代の町は、総湯を中心に18軒の旅館が取り囲み、まるで、曼荼羅のような

風景だったのかも知れません。おおらかで、心やさしい忘れえぬ人々はその中心です。

 わずか二時間あまりの四国遍路は心地よい癒しの時間を与えてくれました。

(2007.10)

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