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vol.9 陶芸家・河島洋、吉田屋に挑む。素晴らしい仕上り!

古九谷の廃絶後100年を経て、大聖寺藩の豪商、豊田伝右衛門が私財を投じて復興したのが「吉田屋窯」。青手古九谷を範とし、重厚でありながら文人趣味の洒脱な雰囲気を持つ。この吉田屋窯が、現在ある九谷焼の直接のルーツであるといえる。今も山代温泉には、数々の名品を生み出した窯跡が「九谷焼窯跡展示館」として保存、一般公開されている。

さて、地元ギャラリー萩で開かれた陶芸家河島洋さんの個展。吉田屋の魅力にひかれ、12年間探求してきた成果が披露された。

河島さんとは旧知、以前の吉田屋風の作品も見て知ってはいた。「今回のはすごい。ぜひ見に来て!」画廊のご主人のすすめで会場を訪ねた。ご本人とも久し振りにお会いしたが、その作品には心底驚いた。浅学な私でも、一見して分かる品格と存在感。形、色、絵が一体となり、まさに吉田屋がそこにあった。二割ほど田土を混ぜた半磁器の生地が、灰釉とともに深みのある上絵を一層引き立たせている。離れても、寄って見ても素晴らしい。

地元加賀には、古九谷と吉田屋の目利きたちがいる、同業の作家も多い、まさに聖地での発表。「プレシャーで、前夜は寝られなかった」という。初日から多くの人が訪れた。予想以上の反響だった。

「地元の吉田屋の本物を持っている人たちが、評価してくれた、買ってくれた。それがいちばん嬉しかった」。
「お前はこの道をもっとやれ、お前しかできん」と、陶芸家の仲間も認めてくれた。

吉田屋は、線描の柔らかさと、宝石のような釉薬の強さの調和が魅力。「写しをやっても仕方がない。吉田屋の心に挑む。その気持ちを基本に、いつかは河島吉田屋といわれたい」。今、確かに、その第一歩を刻んだ。これから先、河島流の解釈で、どんな吉田屋を現代に表現してくれるか。期待が膨らむばかりである。

(2004.10 M.O)

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