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vol.19 加賀江沼の菓子文化、一堂に会す。

婚礼ブース、福文さんの奥さんと
花月菴流の鹿野先生

7月22日から24日まで、加賀江沼菓子組合が、創立40周年を記念して「加賀江沼の菓子文化展」を開催した。

菓子ぶ・ん・か展である。単なる菓子物産展ではないところに主催者の思いというか意志が感じられる。

案内看板

会長の福貞雄さんに話をお聞きした。福さんは「福文」という茶事生菓子ではつとに有名なお店の六代目。江沼人の美意識とか生活観を、四季折々の和菓子に映し出す名匠である。

会場では会員46名の看板商品が一堂に会した。5年前から準備してきたそうだ。
「以前、大聖寺には30数軒の和菓子屋があったが、今では11軒になってしまった」
「和菓子以外の嗜好品も増え、流通も発達して、細分化していった。止められない時代の流れ。だからこそ、まだみんなに力があるうちに、何かを示し、残しておこうと思った」

社寺ゆかりの縁起菓子

その思いが伝わってくる展示会場だった。各人のメッセージパネルも良かったが、テーマコーナーのしつらえには「おっ!これは」と見入ってしまった。みんながよく知る婚礼や歳時記がテーマの「四季を言祝ぐ祝いの菓子」から始まり、「社寺ゆかりの縁起菓子」や「厄よけ招福の縁起菓子」といった土地の個性がよく表われた切り口がなんとも秀逸であった。

氷室萬寿

これぞ福さんならではのディレクションである。「地方色、その個性を大切にしたい。菓子の裏にあるメッセージを読み取って欲しい」と。

「雅ぶことは簡単、品よく鄙ぶのが難しい。これが自然を身近に暮らす加賀江沼の持ち味なんです」。いつもの福さん流のまち語りを思い出した。(2005.8 M.O)

「針千本のおやき」

羽二重織物が盛んであった大聖寺では、12月8日に針供養を行う。古い針や折れた針を餡入り団子「おやき」に刺して、針に感謝し裁縫の上達を願った。「おやき」を使うのが珍しい。この時期は荒天が多く、海に打ち上げられた河豚のハリセンボンと、針を刺した「おやき」の姿が似ていることから、針千本のおやきと呼ばれている。

「篠生寺のちまき」

文明7年(1475)夕暮れの動橋、ひとりの老僧が百姓小右ェ門宅に一夜の宿を乞うた。小右ェ門の母は、邪険にも「これでも食らえ」と石の入った篠ちまきを投げつけた。僧侶は「我の信ずる仏の教えにうそがなければ、この枯れ篠から青葉が生じよう」と篠を土させば、みるみる青葉がのびてきた、この僧こそが蓮如上人であったという篠生寺に伝わる伝説。

「恵比寿講のおはぎ」

11月20日、商家では恵比寿様を祭って商売繁盛を祝う。土地によっていろいろなかたちがあるが、大聖寺では恵比寿の掛け軸の前に、清酒、鯛またはフクラギ、二股大根、そして大きなおはぎの鏡餅を供える。昔は、後援者や従業員を招き盛大に祝宴を張った。

「九曜最中」

山中温泉の総湯は、老朽化のため取り壊され現在の建物に改築された。その時、山中菓子組合では、長く慣れ親しんできた建物を惜しむ町内の方々のため、織部瓦の九曜の文様をかたどった最中をつくった。九曜は温泉再興の祖長谷部信連の紋。九曜の文様が、供養に通じるところから法事に多く使われている。

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