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TOP > 加賀四湯紀行 >歳時記 > vol.31 『木の命を生かし切る「気高い純朴さ」技と心の原点』vol.31 『木の命を生かし切る「気高い純朴さ」技と心の原点』
加賀アートギャラリーで、山中挽物木工芸の系譜「人間国宝 川北良造の原点」が開催された。
山中温泉の伝統工芸、山中漆器は、安土桃山時代に、越前から木地師が山中に移り住み木地挽きを始めたのが起こりといわれる。湯治客への土産物になっていたようだ。江戸時代には塗りや蒔絵の技術も伝わり、いま一般にイメージされる漆器がつくられるようになった。
茶道具の世界では高い評価を得ている山中漆器。現在、輪島塗や加賀蒔絵と比肩する、華やかな研ぎ出し蒔絵を駆使する職人も数多く活躍しているが、やはり山中漆器の真価は、他の追随を許さない高度な挽物技術である。その伝承者である川北先生は、伝統技術にデザインを吹き込み芸術へと昇華させた。
私事だが、美術学校在学中、川北先生にほんの少し挽物の手ほどきを受けたことがある。先生が持参された鉋の刃を練習で全部折ってしまったことや、作為のある形状を描いて先生に看破されたこと。その頃は、ロクロ木地仕上げ作品が、地味で退屈な表現技法だと感じていたこと。今は、ほんとうに恥ずかしい。
先生の仕事を評することなど到底できないが、印象を言うなら「気高い純朴さ」であろうか。木肌の温かみを感じさせながら、引き締まった曲線には破綻がない。その端正なフォルムの向こうには、はっきりと意志の強さが感じとれる。川北先生のお人柄そのものであると思う。
山から切り出された木の命を、作り手によって器として新たに命を吹き込む。「ひとつのお椀を挽き出すために材料の80%を鉋屑にする。だから器となったものは、人の心を惹きつけ、永く愛用されるものとならなければいけない。消え去ったものの分も生かしきることにはならない」と、著書「木と生きる、木を生かす」の中で語っている。
昭和に入ってからの山中漆器は、工業化と大量生産の波に乗り日本一の生産地となった。プラスチック素地、合成塗料、シルクスクリーン蒔絵を導入し、量産によるコスト削減、効率化をすすめた。この歴史は、温泉旅館に代表される観光産業が歩んできた道と重なって見える。
伝統工芸も観光も、大量供給の時代は終わった。山中漆器も温泉旅館も、その土地固有の風土と文化から生まれ育まれてきた。原点回帰である。本来の成り立ちを見つめ直し、どの価値を守り、また創り出し、未来に伝えていくのか。その中で関係者や地元住民が、いかに誇りを取り戻せるか。多くの人が真剣に議論すべき時期に来ている。今回、川北先生の作品を拝見して、あらためてその思いを強くした。(2006.8 M.O)