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美食家にして陶芸家、希代の芸術家・北大路魯山人
天性の美食家としてその名を残す北大路魯山人が加賀に残した足跡は数多い。なかでも山代温泉では焼き物と本格的に出会い、後の総合芸術家・魯山人誕生の礎ともなった。
魯山人が初めて山代温泉を訪ねたのは大正4年、32歳の時だった。金沢で油商を営んでいた知人の細野燕台に伴われ、温泉街中央の総湯(共同浴場)前の温泉旅館「吉野屋」に逗留し料理や陶芸の真髄を学んだ。当時テン刻や書を生業としていた魯山人にとって山代の地での1年余りの彷徨は後に大輪を咲かすための充電期間でもあった。
「山代温泉総湯」周辺の湯の曲輪と呼ばれる温泉の中心部の一角に魯山人が逗留した吉野屋がある。もちろん今は立派なホテルに生まれ変わり当時の様子はうかがいしれないが、玄関前に建つ「吉野屋」の看板の文字は魯山人の手によるものだ。
魯山人の陶芸修行
魯山人寓居跡いろは草庵
吉野屋から温泉街を2〜3分歩くと、魯山人が逗留中、仕事場にした建物が見えてくる。魯山人の並々ならぬ才能をいち早く見抜いた吉野屋の主人が当時離れとして使っていたものを提供した建物だ。現在も、当時そのままに「魯山人寓居跡いろは草庵」として一般公開されている。
須田菁華窯
魯山人はここを拠点に吉野屋をはじめ、白銀屋やあらやなど近くの温泉旅館の主人らと交流を深め、山代の陶芸家・須田菁華の工房に出入りして作陶に情熱を傾けた。
一方、美食家としての魯山人にとってこの地の味覚は何よりの贅沢であった。早春のわらび、大聖寺味噌、温泉玉子、まだらのちり鍋、狸汁、コノワタ、クチコ。枚挙に暇はない。こんな逸話もある。魯山人は著書の中で「知っている限りでは、山代産の沢庵が一等よい」と書いている。この沢庵は吉野屋が自家製に漬けたものだった。後に星岡茶寮を主宰した魯山人は星岡で使う沢庵を山代から取り寄せ、味噌や醤油も加賀から送らせている。
山代温泉には魯山人の作品や手紙、好んだ醤油徳利など身の回りのものが数多く残されており、彼の生活ぶりを知るうえで貴重な資料となっている。
魯山人が残したもの
「須田菁華」ぬれ額
山代温泉に滞在中、魯山人は刻字看板を彫って生計を立てた。吉野屋のほか白銀屋、あらや、そして須田菁華窯のぬれ額(店の前に掲げる看板)は魯山人が山代に逗留中に彫ったものだ。今も、それぞれ玄関口に掲げられているので温泉街を散策がてら見て歩くのも楽しい。